地下二階も一階とそんなに変わらない。
クマ吾郎は俺の後を歩くよう指示して、俺は慎重に歩みを進めた。クマ吾郎は心得たもので、トコトコと俺の後をついてくる。 細い通路があったので入ってみる。 通路の向こう側は部屋になっていて、何匹かのグミがいた。白の他に赤の姿も見える。「よし。例の作戦をやってみよう」
クマ吾郎は通路の出口で待機してもらう。
それから先の部屋に行って、足元の小石を白グミに投げつけた。「よう、最弱野郎ども!」
ついでに剣を振って挑発してやれば、グミたちはいっせいにこちらに転がってくる。
急いで通路に引き返した。 振り返ってみると案の定、狭い通路を一匹ずつの列になって追いかけてくる。「ていっ」
俺は毒薬の瓶を投げつけた。
先頭の白グミを狙ったのだが、あいにく俺の投擲スキルが低いせいで手前に落ちてしまった。 パリンと音がして瓶が割れて、緑色の毒薬が地面に水たまりを作る。 勢いよく追いかけてきた白グミは、水たまりに突っ込んだ。「プギー!」
毒薬をもろにかぶってしまって苦しんでいる。
それでも硫酸のときのようにそれだけで死んだりはせず、ヨロヨロしながら通路を進んできた。「あらよっと」
弱りきった白グミを剣で突き刺すと、ぶちゅ! と弾け飛んで息絶えた。
「よしよし、目論見どおり」
グミどもは知能が低い。
目の前に毒の水たまりがあっても、その先に敵である俺がいれば追いかけてくる。 体力満タンの白グミを倒すには時間がかかるが、こうやって弱らせておけば問題ない。 グミたちは愚かにも次々と水たまりを踏んで体力を減らし、俺はどんどん仕留めていった。最後に赤グミがやってきた。こいつはちょっと手強い。
弱らせているとはいえ、正面から戦えば俺もダメージを食らうだろう。 ダンジョンはまだ先がある。体力は温存しておきたい。「食らえ!」
そこで俺は、推定麻痺のポーショ
地下三階へ降りると、今までと空気が違うことに気づいた。 上手く言葉にできないが……張り詰めた緊張感が漂っている。 そういえば、ライラばあさんが言っていた。「ダンジョンはボスがいる」と。 この階にボスがいる可能性が高い。「クマ吾郎、慎重に行こう。敵を見つけても突撃はやめろ」「ガウ」 クマ吾郎の肩をぽんと叩いて、俺も気を引き締めた。 部屋にいるグミをしっかりと片付けてから、次の場所に行く。 そうして何個か部屋を確認していると、とうとう見つけた。 通路の中からそっと覗いてみる。 何匹もの白と赤グミを取り巻きにして、黄色……いや金色か。金色に輝くグミが部屋にいる。「どうするか……」 俺は考えを巡らせた。 クマ吾郎と二人とはいえ、正面切って殴り合うには敵の数が多い。それに金色グミの強さも未知数だ。 できるだけ安全策を取って、万が一の場合は撤退も視野に入れながら戦おう。死んでしまったら人生終了だからな。 なら、やることは地下二階と同じだ。 通路に引き込んで毒薬や硫酸を投げつけ、グミどもの体力を削る。 金色だけは俺では攻撃を受け止めきれない可能性があるので、クマ吾郎と一緒に戦う。「よし。これで行こう」 クマ吾郎に作戦を伝えて手前の部屋で待機してもらう。 俺は通路を抜けてボスがいる場所へと踏み込んだ。 金色グミのいる部屋に踏み込んだ途端、ヤツは俺に気づいた。 取り巻きを引き連れて一直線にこちらに跳ねてくる。 俺は慌てて通路に引っ込んだ。 グミどもが押し合いへし合いしながら通路に殺到した。 ボスの金色グミの前に五匹、後ろに二匹ってとこか。 ここまで来た以上は総力戦だ。ポーションを惜しむつもりはない。 俺はありったけの毒薬と硫酸を投げつけた。「ピギ
肩越しに振り返ってクマ吾郎を見る。彼女は押されながらも善戦していた。 混乱のポーションの効果は出たか分からない。 だが、俺にできるサポートはデバフポーションを投げるくらいだ。 もう一本、混乱のポーションを投げつけた。 命中。金色グミがぐらりと揺れる。効果が出ている!「ピキーッ!」 もう一匹の赤グミが飛びかかってきた。くそ、うっとうしい。 横合いから体当たりをくらったせいで、よろけた。 だが踏みとどまり、間を置かず赤グミに肉薄する。「これでどうだ!」「ピギャーッ!」 まだ体勢が整っていなかった赤グミに、剣を思いっきり振り下ろす。 ぷちゅ、と潰れた。「クマ吾郎!」 振り返れば、金色グミはもう混乱の影響から抜け出している。やはり回復が早い。 けれど混乱のポーションを一本命中させれば、クマ吾郎が体勢を立て直して一撃を与える時間が稼げる。 俺は最後の一本の混乱ポーションを握りしめた。 これは効果的に使わなければ。 剣と盾を構えて金色グミに近づいた。 俺にクマ吾郎ほどの力はないが、牽制くらいならできる。ポーションも距離が近いほうが命中率が上がる。 クマ吾郎の攻撃の合間を埋めるように剣を突き出す。 未熟ながらも連携プレーだ。 俺たち二人の攻撃に、金色グミは次第に苛立ったような様子を見せ始めた。 動きがだんだん粗くなる。 と、金色グミは今までにない大振りの構えを取った。体の一部が大きく伸びて、刃物のようになる。 思うように動けなくて、賭けに出たようだ。 だが――「隙だらけなんだよっ!」 俺の投げつけた混乱のポーションが、今まさに大技を繰り出そうとしていた金色グミに当たる。「ピ、ピ、ピ……」 金色グミの体がぐらぐらと揺れる。 刃物の部分はむなしく地面に叩きつけられた。「ガウッ!!」 クマ吾郎がすかさず
グミダンジョンを攻略してから、少しの時間が経過した。 あれから俺は港町に戻って、配達の依頼を中心に請け負っている。 配達先もサザ村だけでなく、片道三、四日くらいのちょっと離れた町や村だ。 白や赤グミ、それに野生動物くらいなら俺とクマ吾郎で撃退できるようになった。 だから割の良い配達依頼を受けて、お金を貯めている最中である。 当面の目標は装備をきちんと揃えることだ。 そうそう、グミダンジョンで拾った靴を鑑定してみたら、『紙製の靴』と出た。 紙製って。 防具で紙とか、そんなことってある? 防御力はもちろんゼロ。 軽いのがウリだが、耐久力に難がある。 いらないな、と思って売ろうとしたら、二束三文だった。 駆け出しの俺がいらないと思う性能じゃ、誰も欲しがらないようだ。それはそうか。 いつかまともな防具をダンジョンで拾ってみたいものだ。 いくらかお金に余裕が出たおかげで、宿賃や食べ物に困ることはなくなった。 とはいえクマ吾郎が大きい体にふさわしくよく食べるので、町の果物の木にはまだお世話になっている。 クマ吾郎はリンゴとブドウが好きみたいだ。おいしそうに食べている。 たまには肉も食べさせてやりたいから、そういうときは店で買っている。 配達の傍ら、手頃なダンジョンを見つけたら攻略もしている。 グミダンジョンは難易度が一番低かったようで、それ以外はなかなか苦戦中。 ボスのいる階層に行ったはいいが、逃げ帰ったことも一度や二度じゃない。 でも、生きてさえいれば何度でも挑戦ができる。 俺の一番の願いは、この世界で生き抜くこと。 死ななきゃかすり傷ってやつだ。 だから前向きな気持ちで日々を過ごしていった。 いつしか季節は夏から秋へ移り変わろうとしていた。+++ ユウの今のステータス
秋になって、新しいことにチャレンジしてみようと思った。 それは魔法だ。 この世界の魔法は、魔法屋で売っている魔法書を読んで学んで使うと聞いた。 魔法書を読むことでその魔法を使うための魔力が体に蓄積される。 魔法を使うと蓄積された魔力が消費される。 魔力を使い切ってしまうとその魔法が使えなくなる。 なので定期的に魔法書を読む必要がある。 誰が考えたのか知らないが、魔法屋ボロ儲けの仕組みだな。 噂で聞いた話だと、森の民は魔法に長けた種族であるらしい。 森の民は二十年前に故郷を各国連合に攻め滅ぼされて離散したが、それまでは高い魔法文化を築いていた。 ということは、俺も魔法の適性があるんじゃないか。 魔法と剣の両方を使いこなす魔法剣士。 めちゃくちゃカッコイイ! 俺はさっそく港町カーティスの魔法屋に行ってみた。「こんにちは。魔法書がほしいんですけど、初心者にいいやつあります?」 店で挨拶をすると、魔法使いらしいフードをかぶった店主が応対してくれた。「いくつかありますよ。マジックアローの魔法、これは魔力の矢を飛ばして攻撃する最も基本的な魔法です。他は戦歌の魔法、こちらは戦いのポーションと同じ効果で腕力と器用さを一時的にアップさせます。初心者ならこのどちらかが鉄板ですね」「へぇ~。攻撃とバフですか」 どちらもなかなかいい感じ。 マジックアローは武器の弓矢で、戦歌は戦いのポーションで代用可能ではある。 武器の弓と矢はちょっと高くてまだ買えていないんだよな。 戦いのポーションも拾ったらだいたい使ってしまうので、手持ちはあまりない。こちらも買うとそこそこ高い。 ならやっぱり、魔法で代用するのもアリか。どちらにしようかしばらく考えて。「よし。じゃあマジックアローの魔法書をください」「毎度あり。銀貨五枚ですよ」 おおう、思ったより高い……。 しかしカッコイイ魔法剣士になる夢を諦め
この世界はたまに倫理観が理不尽な感じになっています。+++ ついさっきまで平和だった港町の表通りは、今や阿鼻叫喚に包まれている。 六本腕の魔物は容赦なく刃を振るって町人を斬殺した。 俺は情けなく震えながら、建物のかげから眺めていることしかできなかった。「駄目だ、こいつ強い! 衛兵を呼べ!」「もう呼んだ! すぐ来る、持ちこたえろ!」 冒険者たちが叫んでいる。 ……ところでどうでもいい話だが、普通の町の人が案外強い。俺より全然強い。 冒険者たちが果敢に戦う中、投石やらマジックアローの魔法やらで援護している。 その威力はなかなか強力で、六本腕の魔物に傷をつけている。 やがて衛兵隊が到着した。 衛兵隊は国の兵士で、町の治安を守っている。 鎧兜に身を包んだ彼らはとても強くて、六本腕の魔物を包囲して追い詰めた。「囲め囲め!」「逃がすな!」 そして衛兵隊は六本腕の魔物にトドメを刺した。「ギャアアァ!」 魔物はまるで人間のような断末魔の声を上げて、息絶えた。 血しぶきと肉片で汚れた表通りを、みなが「やれやれ」という顔で歩いていく。「あー、道路が汚れやがった。清掃依頼を冒険者ギルドに出さなきゃ」「ったく、誰だよ。こんな魔物を町に連れてきたやつ」 ……俺です。 俺は周囲を見回した。人死にも出たというのに衛兵も町の人もそんなに気にした雰囲気ではなく、粛々と片付けをしている。 なんだこれは……。 罪悪感と同時に大きな違和感を感じた。 俺に悪意がなかったのは確かだが、こんな騒ぎになったのに誰も追求しようとしない。おかしいだろ! すると、片付け途中の表通りに楽師がやって来た。「おやおやこれは大変ですね。皆さんの心をなぐさめるべく、この私が一曲
命の大切さについて考えるのを諦めた俺は、魔法書に意識を切り替えた。 巻物は何の練習もなく読めたのに、魔法書ばかりこんなに難しいとは。「魔法書を読むのに何かスキルがいるのか……? あっ」 そして思い当たった。 配達で訪れた南東の町で、『読書』スキルが習えたことを。 読書スキルはてっきり速読とかそういうのかと思っていたが、まさか魔法書を読むためのスキルだったとは。 この世界は罠が多すぎる。 あいにく、ここの港町のギルドでは読書スキルは習えない。 一度南東の町へ行って習得してこよう。 できれば南東の町への配達依頼を受けて、無駄がないようにしたい。 冒険者ギルドで依頼をチェックすると、運良く配達依頼があった。 配達用のアイテムを受け取って、港町を出発した。 南東の町は田園風景が広がるのどかな農村だ。 さっさと配達を終わらせて、冒険者ギルドへ向かった。「読書スキルを習いたいです」「ほい。ユウさんの状態ですと、メダル三枚です」 レベルが上ってスキルの数も増えたため、要求されるメダルも増えた。 ここの冒険者ギルドは、受付とスキル習得係をおっとりしたお姉さんがやっている。 やっぱ受付はお姉さんだよな。癒やされるわ。 スキルの概要を教えてもらい、魔力を注入してもらって習得完了。 さっそく魔法書を読みたいところだが、また恐ろしい魔物を呼び出して人死にが出てはいけない。読書スキルがあっても、覚えたての低レベルじゃどこまで成功するか分からん。心配だった。 いくら誰も気にしないとはいえ、俺のせいで人が死んだら嫌な気分になるからな。あと普通に怖い。 なので俺はテレポートの巻物を用意した上で、村から離れた場所で魔法書を開いた。 万が一、魔物を呼び出してしまったら瞬間移動して逃げる手はずだ。 逃走手段の確保はダンジョン攻略でも大事である。忘れちゃいけない。「お、割と読めるようになってる
ふさふさして温かい感触が頬に触る。 目を開けてみると、茶色い毛皮が目の前にあった。「ハフゥ?」 俺が身動きすると、クマ吾郎が心配そうにのぞき込んできた。 茶色い毛皮は彼女の腹毛。 背中のほうの毛は硬くてゴワゴワしているけれど、腹毛は柔らかくて気持ちがいい。野営するとき毛布代わりになってもらうんだ。「ありがとう、クマ吾郎。もう大丈夫だよ」 魔法書の解読に失敗した俺は、魔力を根こそぎ吸い取られて気を失ってしまった。 意識がない間、クマ吾郎が守ってくれていたようだ。 こいつは本当にいい熊だな。町に帰ったら肉を買ってあげよう。 それなりに長い間意識を失っていたようで、辺りは夕焼けに染まり始めている。クマ吾郎がいなかったらどうなっていたことやら。「しかし、初歩の魔法がこんなに難しいとは。魔法書、銀貨五枚もしたのに」 俺はため息をついて手元の魔法書を見た。 何度も読んだせいか、魔力がだいぶ薄くなっている。 もう一度読めば崩れてしまいそうだった。 俺自身のMPはもう回復している。 じゃあ最後にもう一度魔法書を読んで、今日は終わりにしよう。 クマ吾郎から少し離れて魔法書を開く。また魔物が出てきて不意打ちされたらたまらんからな。 よく集中して読めば、今度はきちんと読み終えることができた。 マジックアローの魔力が体に入ってくるのが分かる。「よし」 今後はこうして簡単な魔法書を読みながら読書スキルを上げていくしかないだろう。 お金稼ぎも戦闘も、とにかく労力がかかるな。「町に帰ろうか、クマ吾郎」「ガウ」 それからはいっそうお金稼ぎに励むようになった。 装備もまだ揃っていないのに、魔法を覚えるという目標ができてしまったからだ。 魔法書は魔法屋で買う以外にも、ダンジョンでときどき落ちている。 マジックアローの魔法書は初心者向けだけ
※後半、虫の魔物で少々気持ち悪い表現があります。+++ 行動範囲を広げる決意をして、しばらく後。 俺は内陸部の町まで来ていた。もちろん初めて訪れる場所だ。 旅自体は特に問題なく進められた。 弱い魔物や野生動物は殺して、手ごわそうなのに出くわしたら全力で逃げる。 テレポートの巻物やテレポートの杖を駆使すれば、格上相手でも逃げ切れた。 もっともテレポート系のアイテムはちょっとアテにならないときもある。 うんと遠くへ飛べるときもあれば、すぐ近くに出てしまうこともあるからだ。せっかく距離を稼いだと思っても、二回目で元の位置に戻ったこともあった。 三回連続で敵の目の前に出たときは、死ぬかと思ったな。 まあそれはともかく、新しい町である! ここは山に囲まれた場所で、鉱山が近くにある。鉱山町だ。 あちこちに鉱石が入った箱などが置かれていて、炭鉱夫やその他の人がたくさん行き来している。 トロッコなどの線路が街の中を通っている。活気のある雰囲気だった。 俺はまず冒険者ギルドに行ってみた。 スキルが習えるかどうか確かめたいからな。「ユウさんね。あら、あなたレベル10になったばかりかしら」 受付のおばさんが書類を見ながら言った。「あ、はい。この町に来る途中でレベルが上がりました」 俺が答えると、おばさんは一枚の紙を渡してきた。「レベル10以上の冒険者は、それまで免除されていた税金が請求されるようになるから。請求書の発行は二ヶ月に一度、偶数月よ。忘れずに納税してくださいね」「えっ、税金?」「そりゃあここは王国ですもの。国民に税金がかかって当然でしょ」 それはそうだが、新しい町に到着するなりいきなり税金払えと言われて、がっかりである。 この国も冒険者ギルドも理不尽のかたまりだと思っていたが、レベル9までの駆け出しに情をかけるていどの配慮は
統率スキルの効果が確認できたので、俺たちはますます仕事に励んだ。「なあ、ユウ様よ。たまにはあたしもダンジョンに連れて行ってくれよ。腕がなまっちまう」「まあ、そうか。今のとこ店に強盗が来たわけじゃなし、実戦の機会がなかったもんな」 女戦士のルクレツィアがそう言うので、自宅の警備をクマ吾郎と交代してダンジョンに行ってみた。「ヒャッハァ! 死ね、死ねー!」 ルクレツィアはぱっと見、美人なんだけど。 戦い方はバーサーカーだった。「ちょ、ルクレツィア、ストップ! 一人で突っ込んだら危ないだろうが」「ユウ様のサポートが届く範囲までしか、行ってないぜ?」 しかも野生の勘が鋭いバーサーカーである。 彼女の戦士としての腕前の割に、奴隷の値段が安いのはなんとなく察した。 狂犬すぎて御するのが大変だったんだろう。 ボスを見つけて単身で突っ込んでいったときは肝が冷えた。 しかも瀕死になるまでダメージを受け続けて、後一撃で死んでしまう! となってから回復ポーションを飲むのだ。 いくらレナのポーションが効果抜群だと言っても、これはない。「お前、ほんっとーにやめろよ! そんな戦い方してたら、いつか死ぬぞ!」「いいじゃん。戦士は戦いで死んでなんぼよ」 ケロッとした口調で言うので、俺は怒りを覚えた。「いいわけあるか! 俺は誰にも死んでほしくないんだよ。俺自身、今まで必死で生きてきた。生きたくても生きられない人の気持ち、考えたことあるか!?」 この世界で目を覚ましてから、理不尽な死者は何人も見てきた。 あんなふうに死にたくない一念で俺はここまで来たんだ。 ルクレツィアは気圧された様子で口ごもる。「え、あの……?」「お前が死んだら、家のみんなが悲しむと分かって言ってんのか? エミルは泣いて夜寝られなくなるぞ。他の大人だってどれだけ落ち込むことか。それ分かった上で言ってんのか!?」「……悪
表示されたステータスに妙なものを見つけて、俺は思わず叫んだ。「え! なんだこの『特殊スキル、統率(小)』って!」 メダルで習得した覚えはないし、それっぽい行動も特に覚えはない。 思わず声を上げると、エリーゼも不思議そうに言った。「でも、何となく味方がパワーアップしそうな名前ですね。統率」「確かに」 いつの間にこんなの生えてたんだろうか。 俺たちは首をかしげながらも、分からなかったので保留となった。 統率のインパクトがすごすぎて忘れていたが、ついに魅力が上がったのも地味に嬉しい。 エリーゼが教えてくれた歌唱スキルのおかげだと思う。もう音痴とは言わせない。 後日、王都で色々と調べた結果。 統率は多くの仲間を引き連れたリーダーに与えられるスキルだと判明した。 仲間の数と忠誠心によって会得する。 効果は仲間にさまざまなボーナスを与えるのだという。 俺は今年になって奴隷をたくさん買った。 奴隷というより仲間に近い感覚で彼らに接していた。 そりゃあそんなに甘やかすつもりはなかったけど、彼らはあくまで人間。仕事仲間だ。その思いは変わらない。 だからみんなも俺に心を開いてくれた……と思う。 それが忠誠心という形で表れて、統率スキルになったのか。 確認されている統率スキルの効果はさまざまだが、その中に「仲間の潜在能力を引き出し、成長を促す」というのがあった。 ここ最近のみんなの急激な成長はそのおかげだろう。 そういえば、俺自身の成長よりもクマ吾郎パワーアップのほうが上なんだよな。 統率スキルの影響だったのか。「そんなことってあるんだなぁ」 思わずつぶやくと、「ガウガウ!」 クマ吾郎が得意げな顔で鳴いた。 まるで「分かってたもんね!」とでも言いたそうだ。 そん
季節は夏を過ぎて秋になり、やがて冬に差し掛かる。 それぞれの役割を忠実に果たし続けた俺とクマ吾郎、それに奴隷たちは、努力に見合った成果を手に入れていた。 俺とクマ吾郎は戦闘能力がかなり上がった。 もう一流冒険者としてどこへ行っても恥ずかしくない実力だ。「俺は一流。クマ吾郎は超一流かもな」「ガウ!」 奴隷たちはおのおののスキルを磨いた。 錬金術のレナのポーションは、店で売っているポーションより一回り高い性能を発揮する。 中級レベルまでのダンジョンであれば十分に通用する性能だ。場合によってはボスにも使える。 宝石加工のバドじいさんのアクセサリーは、冒険で大きな効果を出している。 このクラスのアクセサリーは店では売っていないし、ダンジョンのドロップを狙うにも難しい。 ある程度の数をいつも揃えているこの店はとても評判がいい。 エリーゼも裁縫の腕を上げて、みんなの服を作るようになった。 ただ、彼女は店の経営と二足のわらじ。他の奴隷に比べれば裁縫スキルはゆっくりとした成長になっている。 イザクは農業スキルを上げて、見事に畑を耕した。 家の裏手はよく整えられた畑が広がっている。 秋まきの野菜が植えられて、もう少しで収穫できるという。楽しみだ。 子供のエミルと女戦士のルクレツィアは、そこまで変化はないな。 エミルはまだまだ幼い。 ルクレツィアは元からけっこう強かった上に、まだうちに来てからそんなに経ってないし。「それにしても、みんなすごい成長ぶりだよなぁ」 ダンジョンから家に帰った俺は、レナとバドじいさんの新作を見ながら言った。「世の中に錬金術師や宝石加工師は、たくさんいると思うんだけど。レナやじいさんは修行を始めてまだ半年そこらだろ。それが標準より良い性能のものを作るんだから、びっくりだよ」「そうですね……。実はわたしも、ちょっと不思議で。やっぱりご主人様の人徳でしょうか?」
家人らの担当が決まったので、俺とクマ吾郎の坑道も決める。 俺とクマ吾郎は今まで通りダンジョンの攻略に精を出すことにした。 これまでは金策メインだったが、これからは素材採集をもっと積極的にやるつもりだ。 どんどん作ってがんがんスキルを鍛えてほしい。楽しみだ。 鍛冶スキルは習得したものの、実際に手を出すのはもう少し先になる。 というのも、鍛冶はハンマーやら金床やら溶鉱炉やら、設備が必要になるからだ。 今の家じゃ狭くて置き場がない。 いずれ鍛冶場を作らないといけないな。 まあ、奴隷たちのスキルがもっと上がって店の売上が安定してからの話だ。 そうして回り始めた新しい生活は、順調なスタートを切った。 俺とクマ吾郎がダンジョンで採集してきた素材は、レナが錬金術でポーションに、バドじいさんが宝石加工で護符やアクセサリーにしてくれる。 どちらもまだそんなに品質は高くない。 が、冒険者が多く行き来する場所に店を出したのが当たりだった。 ダンジョン攻略の前後に立ち寄る冒険者が予想以上に多くて、ポーション類はいつも売り切れ。 護符とアクセサリーも上々の売上を記録している。 護符とかアクセサリーは魔法の力を込めて作るんだが、壊れやすい。半消耗品なのだ。 作れば作るほど売れるとあって、レナとバドじいさんのやる気がアップした。 毎日たくさんの生産をこなして、腕もぐんぐん上がっている。 そんなある日、俺がダンジョンから帰るとエリーゼが話しかけてきた。「ご主人様。盗賊ギルドのバルトさんから手紙が届いています」「バルトから?」 久々に聞いた名前に首をかしげながら、手紙を開いた。『親愛なるユウへ。 きみが店を持ったこと、たいそう繁盛している話を聞いたよ。 もうならず者の町に戻る気はないのかな。 盗賊ギルドの宝石
店を出す場所はもう決めてある。 王都パルティアから街道を東に二日程度進んだ場所だ。 王都が近いせいで人の往来が活発。 加えて、その周辺はダンジョンがよく出現する。 王都に近くはあるが、徒歩二日の距離は至近ってほどでもない。 補給のための買い物したり戦利品を売り払うために王都まで行くにはちょっと面倒で、しかし人の行き来は多い。 なので冒険者の客の需要があると見込んだのだ。 幸いなことに周辺に店はない。絶妙な位置だった。 俺が作りたいのはダンジョン攻略に役立つアイテムや武具だ。 生産スキルの練習がてら余ったものを売るには、冒険者相手が一番いい。 中級以上の冒険者はそれなりにお金を持っている。金払いのいい客になってくれるだろう。「よし。建物はこんなもんだな」 夏の青空の下、できたての小屋の前で俺は腕組みをする。 王都の大工に頼んで建ててもらった家だ。 ほとんど小屋レベルの小ささだが、街道に面した部分が店になっている造りである。 ついに俺も家持ちになった。小さいながら我が家だ! 家はリビング・ダイニング、キッチンの他にベッドルームが一部屋、それから店のスペースしかない。 狭いのでベッドルームに三段ベッドを設置してみた。 はみ出た人はリビングで寝てもらおう。 男女の過ちとかは、まあ、奴隷契約があるので起こらんだろ。 六人と一匹の大所帯としては小さな家だ。 リビング・ダイニングもこじんまりしたもので、食卓テーブルを置いたらスペースに余裕がない。 狭すぎると文句を言われるかと思ったが、この小さな家は好評だった。「わたしたちのお家ができるなんて、素敵です!」 エリーゼが言えば、「いい家だ。雨風がしのげて、雨漏りもしない」 農業スキルのイザクが続ける。「わたくしどもにはもったいないですよ」「ここに住むの? 怖い人、来ない?」 錬金スキルのレナと少年のエミル
断ろうと思ったが、その子供と目が合ってしまった。 年齢にそぐわない全てを諦めきったような目。ろくに食事をもらっていないと分かる、ガリガリの体。 髪の色は金髪だと思うんだが、薄汚れてぱさぱさなのでよく分からない有り様だった。 今日買った三人の奴隷は、拠点で生産しながら店番をしてもらう予定だ。 ダンジョンに連れて行くつもりはないので、危険はない。 それなら――「分かった。その子も買うよ」「毎度あり!」 奴隷商人のホクホクした顔がムカつくが、俺は黙って代金を支払った。 四人合わせて金貨六枚なり。 全財産の金貨二十二枚から出して、残りは十六枚。まだ大丈夫。 魔法契約で俺を主人に設定する。 農業スキル持ちのササナ人はイザク。 錬金術スキルの女性はレナ。 宝石加工のじいさんはバド。 少年はエミルという名前だった。「みんな、これからよろしくな」 声をかけても反応が鈍い。 エリーゼがとりなすように言った。「皆さん、ご主人様は優しい方です。どうか安心して仕事に励んでくださいね」 同じ奴隷のエリーゼの言葉は、少しは響いたようだ。 彼らはもそもそと挨拶をしてくれた。「反抗的な態度を取ったら、容赦なく鞭打ちをおすすめします。鞭も売っていますよ。銀貨二枚」 奴隷商人がそんなことを言っているが、無視だ無視。 俺は奴隷たちを引き連れて、市場を出た。 夜になるまでまだ間があったので、服屋に行って奴隷たちの服を買った。 奴隷制は嫌いだが、必要以上に甘やかすつもりはない。 これからしっかり働いてもらわないとな。 でも、不潔でボロボロの服は良くないだろ。 一年前までボロばっかり着ていた俺が言うんだ、間違いない。 次に宿屋の部屋を取った。 そこで桶と湯を借りて、それぞれ体を洗わせた。不潔は病気の元だからな。 さっぱりした奴隷たちに新しい服を着せる。 これ
その奴隷を見てみると、浅黒い肌に大柄な体をしていた。骨太な体格だが今は痩せてしまっている。 パルティア人とちょっと毛色の違う感じがする。経歴書には「ササナ人」とある。 ササナ国は確か、パルティアの南にある小国だったな。 確かに農業スキル持ちの割に、お値段が安い。 農業は農奴として人気のスキル。普通ならば引く手あまたのはずだ。この値段では買えないと思う。 反抗的ということで割引中なのだろう。 あるいは、態度が良くなくてどこかの農園を追い出されたとか?「反抗的でも別にいいよ。仕事だけきちんとやってもらえれば、文句はない」 俺が言うと、ササナ人奴隷はちょっと目を見開いた。 まあ、仕事をサボってばかりだとか他の奴隷たちを虐めるだとか、問題行動があまりにひどかったらその時に対応を考えよう。 彼をキープしてもらって、次の人の吟味に入る。 生産スキルはたくさんがあるが、特に欲しいのは鍛冶と錬金術、宝石加工だ。 鍛冶は武具を作るスキル。 良い武具はダンジョン攻略の要だからな。 武具は店売りのものでは性能が物足りない。かといってダンジョンでドロップを狙うのはあまりに運任せすぎる。 ある程度の性能を狙っていく場合、鍛冶スキルは必須になるだろう。 で、錬金術はポーションを作るスキル。 混乱やマヒのデバフ系ポーション、それに回復系のポーションはダンジョン攻略に必須である。 宝石加工は護符やアクセサリーを作る。これも武具に準じる装備品だ。 しかも壊れやすいので半消耗品でもある。しっかり確保したい。 次点で魔法書製作。 魔法書は魔法屋で買うかダンジョンで拾うかしか入手経路がない。 で、魔法屋の品揃えもそのときによってまちまちなのだ。 安定してよく使う魔法の魔法書が手に入るなら助かる。 ただ、俺の得意とする魔法は初歩のマジックアローや戦歌、光の盾など。 これらは店でもダンジョンでも比較的入手
そうして向かった奴隷市場は、相変わらず胸くそ悪い場所だった。 やっぱり俺は奴隷制が嫌いだよ。 だいたい、どうして人間を道具としてお金で売買するのが許されるのか。 この世界、この国は理不尽が多いが、奴隷制度はその最たるものだと思う。 鎖に繋がれ、手かせをはめられた奴隷たちが狭い檻に押し込められている。 向こうではオークションをやっているらしく、台の上に立った奴隷たちが自分の名前と特技を書いた札を持っていた。 オークションを後ろの方から見ていたら、奴隷商人に話しかけられた。 愛想のいい笑顔を浮かべているが、同時に警戒心も見て取れる。 エリーゼを買ったのはならず者の町だった。 あそこじゃ盗賊ギルドのバルトが付き添いに来てくれたおかげで、待遇が良かった。 俺はここじゃ見慣れない顔だろうからな。「お客さん、見ない顔ですね。今日はどんな商品をお探しで?」 人間を商品と言ってはばからない。俺はイラッとしたが表には出さずに言った。「生産スキルが得意な人を探している。戦闘はできなくてかまわない」「それでしたら……」 奴隷商人はオークションから離れて、建物の一つに俺たちを招き入れた。 何人かの奴隷が引き出されてくる。 比較的若い人からお年寄りまで、さまざまだった。 そうして紹介された奴隷は確かに生産スキルを持っていた。 いつぞやのならず者の町の奴隷商人よりも優秀だな。あいつ話聞いてなかったからな。「エリーゼ。どの人がいいと思う?」 エリーゼに聞くと、その場にいた全員が意外そうな顔をした。 え、なに?「お客様はわざわざ奴隷に意見を聞くのですか。これはお優しい」 奴隷商人が嫌味な口調で言う。 そういうことかよ。俺は言い返した。「これから買う奴隷は彼女の仕事仲間になるんだ。相性も大事だろ」 本当は奴隷だって人間だ、お金で売り買いするなど間違っていると言いた
おっさんの言葉に俺は頭を巡らせた。 店を出す場所はよく考える必要がある。 まず、町の中はあまり良くない。すでに別の店があって競合してしまうから。 既にある店のほうが経営や仕入れのノウハウが豊富だろう。固定客もいるだろうし。 素人の俺がいきなり参入しても不利になってしまうと思う。 じゃあ店を出すなら町の外か。 街道沿いで人の多い場所や、ダンジョンがよく生まれる地域で冒険者相手に商売するのが良さそうだ。 もちろん、いい場所は既に店が出ている。だが現役冒険者である俺の視点から見れば、まだまだ穴場があるはずだ。「分かった。ありがとう」「おうよ。店をやるのか?」「まだ計画段階だけどね」 そんな話をして、俺は冒険者ギルドを出た。「どうでしたか?」 外で待機していたエリーゼが尋ねてくる。「王都で出店の許可をもらえるんだってさ。場所を考えながら王都まで行こうか」 王都にはこの国で一番大きな奴隷市場もある。人材の調達はそこですればいい。 この一年で配達やダンジョン探しをしてあちこち歩き回ったおかげで、この国の地理はだいたい把握している。 店を出すのにいい場所も、いくつか目星がついていた。 王都までの道すがら、手頃なダンジョンがあったのでいくつか攻略した。 寄り道をしたせいで少し時間を食ってしまい、王都に到着する頃には季節は初夏になっていた。 せっかくここまで来たので、直近の税金を納めておく。もう脱税騒ぎはごめんだからな。 今度はヴァリスに呼び出されることもない。 お役所に行って新規出店について案内を聞いた。 担当のお兄さんが言う。「店を出すには許可証が必要です。こちらの申請用紙に記入の上、お金を添付してください。金貨三枚です」「なかなかお高いですね」 金貨一枚あれば、一人暮